Mom's Diary from New York

3度目のアメリカ滞在で、夫と二人の息子達とアメリカンな生活を送る日々....そんな日常と料理日記をブログにしました。笑いあり涙あり(!?)の奮闘記!!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

3 weeks and 4 weeks

早いもので、帰国してそろそろ4週間。日本の猛暑には驚いています。あまりにも暑くて、着るものがない。アメリカでは暑くても、湿度はなくさらさら…おまけにどこも冷房が半端なく強いのでどちらかといえばん、寒さ対策を忘れないように出かけなければならない夏だったのが、いまはいつでも、すとんとしたワンピースが着たいそんな心境です。残念ながら、暑いのに食欲落ちるどころか旺盛な我が家。3食のことを考えるのも大変です。(笑)

 さて、この3週間、4週間色々やっていました。まず、先週は長男のところへ初めて行ってきました。大学(それも私立じゃないところ・・・つまりは学費の安い所ね・・・)に入ったら、好きな車を買ってあげるって言ってたそうなわたし。すっかりそんな約束を忘れていた私でしたが、色々な事情=つまりは莫大な額の授業料のアメリカの大学に行く次男がいるため、好きな車は無理だけど、買える範囲で買いましょう・・・ということになり、納車された車を持って行ってきました。兄の下宿は閑静な住宅街のアパート。広々としたアパートはすでに新婚さんが住めるような家具も揃って、どうも友達のたまり場になっている様子。思ったよりも汚れていなかったのですが、便利な仕様になっていないので、早速ニトリや、百均、無印・・・と収納グッズを買いにお出かけ。せっせと働いてきました。車好きな長男は、やっとこれで自由に動けると大喜び。とにかく、運転には十分気をつけるようにと、口を酸っぱくして言ってきました。初めて日本の青春をゆっくり楽しんでいる様子の兄さんは、本当に充実しているようですが、6年間、しっかり勉強してくださいな!!

076_convert_20120729200334.jpg
私のマイチャリ  
 
 一方、長男に車を引き渡してきた私のマイカーは、前後二つのかごがついた自転車。実は車大好きの私は、自転車にほとんど乗ることもなくこれまで過ごしてきました。でも今は、駅に近いマンション、送迎する息子たちもいないとなっては車も必要ない・・・というか、しばらく買わないで頑張ろうと思います。でも、スーパーに行ってついつい、自転車で来ていることを忘れて山盛り買って失敗なんてこともありました。(笑)今では、保冷バックに、エコバック・・・しっかり持参で、いざ出陣っていう感じ。

 しかしながら、自転車は健康的でいいのですが、困るのは日焼け。すでにこんがり焼けています。日焼け止めは塗りますが、そんなもの効くようでもなく、湘南カラーになっています。そこでの必需品は、UVカットの帽子に、長手袋、そしてサングラス。帰国したばかりの4週間前は、そんな日本の女性たちの姿が妙でしたが、すっかり私も仲間入り!!

 少しずつ、こうやって馴染んできていますが、まだまだ奥が深い日本の生活です。

 PS 次男君は、いまだにアメリカモード。靴のまま家に上がろうとしたり、エアコンガンガンの部屋。不思議な宇宙人が日本にやってきたっていう感じです。でも、やっぱり食べ物はおいしいみたいですよ。





PageTop

Two Weeks

日本に帰ってから2週間。たった、4年のアメリカ生活だったのに、今回はかなりカルチャーショックが大きい。なぜだろう??と思うのですか、意外とアメリカ社会にどっぷりはまっていた後半だったからかな??特に最後の次男と過ごした1年は、次男の友人関係のせいか、また私も大学生活に忙しかったからなのか??

今回日本に帰って、ここ最近のニュースで心が痛いのは、いじめのニュース。いつも思っていたことですが、こうやって被害者が出てから大きなニュースになるのだけれど、いつもこれの繰り返し。ただ起こる場所が違うだけで、至る所で同じようないじめは頻発しているに違いないと思います。思春期にアメリカに渡った息子たちを見ていて感じたことは、日本の子供たちの個性の表現の難しさ。個性があると反対にいじめに合う・・・というような構図が日本では目立ちます。みんな一緒、多数決で多い種類の人が優位・・・というのが日本の公式。ちょっと変わっていたり、目立っていたり、弱かったりするといじめの標的になっています。ところが、我々の住んでいたNYエリアでは、人種も多様、言語も多様…誰が、何が正しいとはありません。同じ白人の中でも、みんなそれぞれルーツはそれなりに違い、すべての人が自分のルーツに誇りを持っています。もちろん、人種差別もありますが、それは表立ってではないし、誰にでも人権が認められています。運動ができる子、勉強ができる子、ボランティア活動に励む子、アートの才能のある子、すべての個性は称えられます。褒めることが得意な人々がたくさんいます。学校の中で、何かが起これば、学校の中でのみならず、その専門家がすぐに参加し、解決に向かいます。分からない人が、知ったかぶりをして解決しようとはしません。

 閉ざされた世界で、何も解決できないでいる日本の学校での今回の出来事は、考えただけで、とても心が苦しく、悲しくなります。何かしたくても、その私の気持ちも少数派だと、なかなか変えられないのが・・・辛いです。
以下は、さかなクンが朝日新聞に投稿した記事です。勝手に掲載させていただきますが、今回はこんな真面目な記事で今の私の気持ちを表現したいです。みんなが心穏やかに、それぞれの個性を表現できる社会を心から望みます。



いじめられている君へ
広い海へ出てみよう
東京海洋大客員助教授・さかなクン

さかなクン
 中1のとき、吹奏楽部で一緒だった友人に、だれも口をきかなくなったときがありました。いばっていた先輩(せんぱい)が3年になったとたん、無視されたこともありました。突然のことで、わけはわかりませんでした。

 でも、さかなの世界と似ていました。たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。

 広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。

 中学時代のいじめも、小さな部活動でおきました。ぼくは、いじめる子たちに「なんで?」ときけませんでした。でも仲間はずれにされた子と、よくさかなつりに行きました。学校から離れて、海岸で一緒に糸をたれているだけで、その子はほっとした表情になっていました。話をきいてあげたり、励ましたりできなかったけれど、だれかが隣にいるだけで安心できたのかもしれません。

 ぼくは変わりものですが、大自然のなか、さかなに夢中になっていたらいやなことも忘れます。大切な友だちができる時期、小さなカゴの中でだれかをいじめたり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。広い空の下、広い海へ出てみましょう。

(朝日新聞2006年12月2日掲載

PageTop

One Week

 帰国後、1週間が過ぎました。最初は、平然と元通りになった生活を受け止めていましたが、やっぱり4年のブランクは環境の変化のみならず、メンタル的な適応もかなり必要かと…自分で診断しております。なんたって、今回の帰国で、この生活に家族で落ち着くわけではなく、長男は下宿生活、そして、次男のアメリカでの寮生活・・・と、変化がてんこもり。頭の中であれこれ考えながらの新しい環境での生活は、なかなか落ち着きません。当然、次男も新しい環境に、興奮しているのがよくわかりましたが、少しずつ受け入れられているようです。(前回もそうでしたが、若者の方が適応は早いんです)

 そんな、1週間たったこの週末、長男が急きょ帰ってきてくれました!!
たまたま、週末のラグビー部の練習が土曜日の午前中に終わるということで・・・。新幹線に乗ってぴゅ~~と!!本人的には、車の購入が目的でもありましたが、やさしい長男は家族との交流が大好きで、いつも我が家の潤滑油になってくれます。彼が戻ると、顔に似合わず!?家の中が急に活気づいて、みんなが元気になれます。弟とは大の仲良し。おかしいことに、アメリカ人になりつつある弟は、抱きついてはハグハグです。

 久しぶりに家族4人生活だね・・・とか、長男はなかなかいいことも言ってくれます。この1年、父親と二人生活で受験勉強を頑張ったのと、この3カ月一人暮らしをしているせいか、長男は考え方もさらに落ち着き、成長しているようでした。かわいい子には旅をさせよ…とはよく言ったものです。そうそう、受験勉強で太りまくっていた身体が、ラグビーのおかげで、なんとすっきり・・・、5キロもやせていました。

 そして、今朝早くに大学のある街に戻って行きましたが・・・、その見送るときの親の気持ちは何とも切ないですね。荷造りをしてやりながら、あれもこれも持たせてやろうと、せっせと働く私・・・実家の母のことを思い出しました。私と姉を東京の大学に通わせ、結婚後も二人は関東。おまけに私はアメリカまで・・・。どれだけの回数を、こうやって送りだしたことでしょう。そんな時、”ちゃあちゃん(私の母のこと)も、こうやってママのこと送っていたんだろうね・・・”って長男に言って、私の複雑な気持ちを吐露したら、長男は・・・秋からの次男の旅立ち後の私の気持ちを考えてか、”先輩たちも、実家によく帰っているし、俺もちょくちょく戻ってくるよ!!”なんて、言ってくれました。きっと、忙しくなってそんなに戻れなくなるだろうに、こうやって想ってくれる心を持った長男は、よっぽど私より大人で、親孝行な子です。ていうか・・・、私のメンタルドクター?? 男の子って優しいですね。(なんて・・・ね!!) 

 PS: でも、しっかり車は購入させていただきました。母は駅近マンションで、しばらく自転車生活です。これまた、アメリカと180度違います。(笑)

PageTop

Adjust

 次男の卒業式から、更新が途絶えていましたが、無事に日本に帰国しました。最後のアメリカでの生活を、それはそれは友人たちと存分に楽しんで過ごしてきました。4年も過ごした地は、本当に素晴らしい環境で、できることなら永遠に続いて欲しいと思うような場所でした。本当に貴重な時間を過ごせたことに感謝です。

IMG_1586_convert_20120706101556.jpg

 そして、13時間のフライトを終えて帰国した息子と私。たった人生のうち日本に10年しか住んだことのなかった息子は、前回も含め8年近いアメリカ生活だったためか、かなり興奮状態での帰国でした。そりゃあ、思春期のアメリカでの生活はかなりの影響があるはずですよね。おもしろいことに、息子は逆カルチャーショックというか、祖国日本で知らないことが多く、前回同様見ていて面白いです。前回は土足で家に入ろうとしましたが、今回も直らないのは、トイレのドアを開けっぱなし・・・(アメリカでは中に人が入っていないことを伝えるためにドアは開けたままなんです)。でも、日本では閉めないといけません。あとは、知らない人に挨拶するところ・・・。マンションの工事の人に明るくこんにちは~~って、声かけてました。そんな青年は日本にはいませんよね。(笑)人にぶつかったら、すぐに謝ってました。ドアも次の人のためにホールドします。それが当たり前だったので、反対に日本で私が感じたことは若い男性・・・おばさんにやさしくない!!自転車で道を譲らない・・・。助けようとしてくれない。文化の違いをすごく感じます。だから、どこまで自分もやっていいのか??…無視するべきところとやってあげるべきところの境目が、今一つつかめません。会話もうまく反応できません。すごく丁寧な日本語の接客に戸惑いました。

 それからいつも思うのは、日本に帰ると毎回テクノロジーがすごく進歩していることに驚きます。前回は携帯電話の普及でしたが、今回はなんでもが電子化になっていました。ポイントカードも、携帯に付けられるようにアプリをダウンロードしなければならないとか、すべてが浦島太郎状態。いまさら聞くのも恥ずかしい・・・本当に宇宙から来た感じです。とっても細やかなサービスにも驚きます。日本人は勤勉だなと、それも感じます・・・。まだまだ驚くことや感じることが出てきそうですが、そこはすぐに慣れそうです。だって、日本人ですからね…私。

 日本人のはずの次男は、どうなるのか??まだ不明です。帰国しても日本のテレビはほとんど見ないで、アメリカのドラマや映画、コメディーばかり観ています。音楽もほとんど洋楽です。笑いのつぼが・・・違うみたいです。このまま大学もアメリカで過ごすと、本当に息子はどんどん日本人と違う方向に行ってしまいそうで、これまた楽しみなような心配なような・・・。時々帰国しては、こちらの文化もしっかりと吸収してAdjustしながら、バランスのいい多文化人になって欲しいと思いました。

 しばらく、こんな久々の日本の生活をアップしていこうと思います。私も秋までは、日本とアメリカを行ったり来たり(あと2往復)になりそうなので、もう少しこのブログを続けていきます。お引っ越しは、10月後半にと考えています。


PageTop

祝 卒業 

 先日、20日、息子は無事に高校を卒業しました。感動の卒業式のはずですが、引越しを翌日に控え、おまけに史上稀に見る暑さの中だったので、私の身体と頭はもう超熱くなっていました。何が大変かというと息子たちの高校はマンモス校で、卒業生だけでも650人くらいいます。アメリカでは、その日はグランマ・グランパ、親戚、友人と・・・たくさんの人がその卒業式を見に来ます。ですから、早めに行かないとパーキングに駐車できなくなるので、当然早めの入場。フットボール場で待つこと、1次j間半。それは拷問でした。前日から、異常な暑さで気温が上がることが予想され、開始時間も1時間遅くなって夕方の7時からでしたが、なんせサマータイムのアメリカですから、それでも明るく暑い~~。

 いやいや、それでも威風堂々の曲にのって、行進してくる卒業生の姿を見ると、こみ上げてくるものがありました。去年の長男とは、また違った感動です。本当に二人とも、違いすぎる高校生活を過ごし、それぞれの人生の方向に向かい始めました。このアメリカで過ごした二人の、3年、4年が彼らの人生にかなりの影響を与えたことは確かです。

DSCN2688_convert_20120623223035.jpg

DSCN2694_convert_20120623223644.jpg

 そして、卒業式の翌日から2日にかけて荷物は日本に向けて出ました。なるべく少なめにしようと心がけましたが、やっぱり62箱。すでに夫が2年前に30箱。去年は長男が20箱くらい出しているので、狭い日本の家がどうなるのか考えただけでも、恐ろしい。そうだ、その荷物の中には大きな大きなピアノがあります。どうなるのかしら・・・?

 いよいよ、私のアメリカでの生活、お役目もあと残すところ1週間。この年になった私でさえ、多少の変化や影響を受けた4年間です。不思議なんですが、帰国が信じられず、このままずっとこの家があればここで生活したい、そんな気分です。朝、玄関を出たら、近所の人と挨拶や世間話。街の至る所で、顔見知りもできて、やっとこの地の住人として受けいれられてきた今日この頃。日本ではあり得ないようなカジュアルな格好で出掛けられ、それぞれ自由。勉強する機会だって与えられました。これぞ多民族を抱える大国のもつおおらかさだと思うのです。あ~、ほんとうに楽しく快適な生活でした。感謝感謝です。

 このブログは私のアメリカ日記だったので、帰国したらタイトルの趣旨とは違うことになりそうなので、別の形にしようかなと、思っていますが・・・、帰国まではもうしばらくできるだけ書いていきます。アメリカ日本の行ったり来たり・・・っていう新タイトルもいいな~!!(笑)

 のんきが取り柄でよかったです。

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。